施術のご予約は下記のリンクよりお願いいたします。
【勤務日 水 木 金】
エンネ・スポーツマッサージ治療院
予約サイト
株式会社ENNE
代表 中野喜文
昨日、勝田マラソン、自己ベスト2時間52分48秒で終了しました。
昨年11/20のつくばマラソンからほぼ2ヶ月後、今シーズン2本目&ラストのフルマラソンです。
つくば後の月間走行距離は、
12月 230キロ (ペース走:30キロ×2 20キロ×1)
1月 175キロ (ペース走:30キロ走×1 15キロ×1 10キロ×1)
この間のポイント練習はペース走のみの計6回。
時間的、距離的につくばマラソン前よりも少ない練習ボリュームです。
前回つくばで行い、今回の勝田でやらなかった事:
・減量(勝田当日はつくばよりプラス2キロ)
・カーボローディング、特にレース3日前までの炭水化物制限は一切行わなかった。一応金土曜は炭水化物多めを意識したが。
・飲酒制限(前日ビール2本)
特別なことは行わないで、普段と変わらぬ生活を送りスタートラインに立った感じです。
体重増と練習ボリュームの少なさ、さらにアップダウンの多いコースから前回つくばのPB更新は一切考えてはおりませんでしたが自己記録更新
ほんと、マラソンは分からないものです。
今回のレースですが前半15キロは、ただひたすらに重い身体に苦しめられる展開となりました、
「俺は何でこんなことやってんだ?」
「ここで足を止めたら楽になるなぁ」
と常に自問自答。
前半体軽かったつくばとは逆、、
ペースも当然ながら遅め。
20キロ看板通過時に、15キロ通過の時の苦しさから少し解放される感覚が出現。
苦しさを乗り越えたこの感覚は持久系スポーツとして悪くない兆候。
ここから少しづつ集中力が増していきました。
つくばより33秒遅い1.25.04で中間地点通過。
序盤より苦しさはマシになっても我慢は続く、
ラスト4キロ表示からペースアップをできる程度に余力を残すような意識でペース配分を心がける。
30キロ通過。つくばより27秒遅い2.01.46
後半にアップダウンの多い勝田ではタイム狙うのは難しいと考えていたが、感覚的には押せる感じもありペースの落ち込みが少ない。
いよいよラスト4キロの看板通過。
通過タイムは1.36:00をすぎたところ。
ペースダウンしなければPBの2.52.53更新がギリで可能となるなぁと頭によぎり、アクセルを開ける。
これまでのフルマラソンの中でも、一番ラストスパートで身体が動いたと思う。
ゴール。
タイムは2.52.48
PB5秒更新
ネガテイブスプリットまでとはいかなかったが、初めてペースダウンなくフルマラソン完走出来ました。
自己記録を上回ったのはラストスパートの追い上げでしたね。
今回思った事。
・3時間そこそこのマラソンではカーボローディングしなくても良くね?
・適量であればアルコールはパフォーマンスに影響しないね。
・身体を絞る事は大切。ただギリまで削ぎ落とし、体重計とにらめっこするような減量は必要ない。そんなストレスを溜める必要もなし
・前半を自重すれば悪い結果にならなず。結果的にイーブンペースになる確率高し(30キロ走でも何度も経験済み)。逆に前半ぶっこんで良かった経験はない。
とまぁ、今回は全く自己記録更新出来るとは考えていませんでしたが、結果的には上手に纏めることはできたと思います。
上記の通りこの2ヶ月間は節制をあまりせず、練習量も少なめでしたが、それでも記録が伸びたのは、つくばまでのトレーニングベースがあったことは間違いないですが、
2ヶ月間隔で二つ目のフルマラソンを走る調整法として練習ボリュームを落とすことは間違ってなかった、という事なんでしょうね。
ということで、私のマラソン2シーズン目が終了。
今回でマラソン4回目。何度走ってもやはりキツイですな。
もうすぐ47歳。歳との戦いでもありますが、逆らい続けた結果この2年でかなり体力も筋力もついてきたと思います。
マラソンは来シーズンも走りたいと思いますが、そろそろ本来やりたかったトレイルランに出てみようかと考え中です。
バーレーンメリダチームのマッサーとしてツアー・ダウンアンダーに帯同。
本日帰国いたしました。
本年より自転車チームとの契約は交わしておりませんが、視察目的で数週間程度のレース帯同のみ行う予定で、今回は元リクイガスの幹部の多いバーレーンメリダが私の今後の意向や活動に協力する形で、日本と時差も少ないオーストラリアのワールドツアー初戦に帯同してまいりました。
マッサージスタッフ人数も足りている中で、このように呼んでいただけるのは大変ありがたい事です。
今年発足のバーレーンメリダですが新規のチームでありながらも運営、スタッフ陣、システムのクオリティは非常に高い印象で、私としても正直に言いまして、かなり久しぶりに一切ストレスを感じることのない環境で仕事をすることが出来きたと思います。
GMを始め、監督、ドクター、メカニック、マッサーの中心メンバーのほとんどが過去に仕事をした仲間であり、私を育ててくれた人、共に育った同僚、私が指導担当したスタッフなど、新チームでありながら私にとっては非常に働きやすいメンバーで構成されてるのも有るでしょう。
仕事における価値観が、我々末端のスタッフから本部の幹部まで共通できている良さを久々に体感しました。
今回一緒に組んだマッサーのデルガッロとは15年の友人でもあり、私より2歳若いものの人生においてもお手本としている非常に優秀な施術家・トレーナーでもあります。
私も2011年から私は日本の業務と自転車チームの仕事を両立してきましたが、実は彼のスタイルやアドバイスを大いに参考にした上での活動した経緯があります。
ひとりの施術家が、自転車チームのみの所属でキャリアを積む問題点や危険性などを彼はよく指摘をしており、それは私がイタリアに渡って5年ほど過ぎた頃から抱えはじめた悩みとも共通するものでした。
その頃の彼のアドバイスや行動に私は大いに影響をうけました。
彼は現在は治療院を2つ持ち、バーレーンでもマッサーチームの責任者として活動していますが、今回ダウンアンダーに私を呼ぶように取り計らったてくれたこともあり、おかげさまで互いの活動や情報交換なども出来とても有意義な遠征となりました。
今回は新城幸也選手とも初めてプロチーム内でレースに帯同しましたが、それはとても不思議な感覚でした。
彼以外も台湾やエチオピアの選手の施術も担当。
その国を代表する選手の施術を担当できたのは良い経験。
チーム公用語は英語です。
もはや、自転車チームはラテン語ではなく英語がスタンダードの時代
選手もスタッフもイタリア人は多いですが、伝統に縛られることないフレキシブルで国際色豊かなチームだと思います。
しかし選手に限らずスタッフなど、今後は英語が話せないと自転車競技の世界で職を求めるのは難しい時代になったと思います。
2週間弱の帯同でしたが、改めてレース現場でしか得られない情報は多いと感じてます。
よきチーム、よきレースオーガナイズのツアー・ダウンアンダーの帯同では、私も心身ともに大変にリラックスさせて頂きました。
今後においてもバーレーンチームの協力の元、わずかな日数にはなりますか自転車チームとの活動は継続していく予定です。
新年あけましておめでとうございます!
正月はおかげさまでゆっくり過ごさせていただき、本日より業務を再開してます。
1月は11〜23日までオーストラリアで行われるツアー・ダウンアンダーに帯同のため、日本を留守にします。
昨年にお話させていただいたとおり、2016年をもって欧州ロードチームとの契約の更新はしておりませんが、
情報の更新、トレーナー欧州派遣などの今後の展開の為にも、プロロードの現場には僅かながらも足を運ぶ予定です。
やはり現場に行かない限り得ることの出来ない情報は非常に多いです。
今回はバーレーンに帯同させていただきますが、あくまでスポットでの帯同であり、年間契約をしているわけではありません。
バーレーン幹部の多くが元リクイガス出身でもあり、仮に年間契約をするとしても私には最適の環境のチームだったでしょう。
現在の私の活動や立場を理解し協力してくれる彼らには大変に感謝するところです。
連絡事項が全てリクイガス時代のフォーマットで来るところなど、新チームでありながら既に懐かしさを感じてます。
本年において私が帯同するレースは、おそらく今回のダウンアンダーのみとなる可能性もあり、何れにせよ流動的にはなりますが、グランツールなどの長期帯同は予定しておりません。
ということで1月は留守がちになりますか、基本的に2月以降は千駄ヶ谷にいる予定ております。
それでは、本年どうぞもよろしくお願い申し上げます。
前々回:つくばマラソン準備期編
前回:つくばマラソンスタート編
つくばマラソン当日、Aブロックスタートも前の方に並びたく30分前にいったら以外にもガラガラ。前から2番めに位置した。
「前半抑えるので、キロ3分40秒ペース位で行くかなぁ」とか周りの会話を聞けば、僕のいる場所がかなり場違いと思ったが、邪魔にならぬようにしつつも、グロスとネットタイムを気にする必要が無いのはやはり良い。
肝心の僕自身の入のペースはというと、ほんと走るまでは、全く持って決め兼ねている状況。
走りだしての感覚で決めるしか無い。
遅く入ることだけは決めていたので、とにかく余裕があるペースで行くことを決める。
号砲。
周りの人たちはあっという間に前方に列になってかっ飛んでいった。
とはいえ、僕も周りに左右されずに自分なりのペースで進む。
1キロ通過が3分54秒。
2キロ通過が3分56秒。
無理をしている感覚は皆無であり、かなり余裕のある感じなのでこのまま行くことにする。
アクセルはパーシャル、もしくは少し緩めることはしても、開けることは絶対にしないと言い聞かせる。
ペースを上げる場合は、次の1キロで2〜3秒ほど稼ぐという微量程度に留める意識。
10キロ通過タイムは39:51
キロ4分弱ペース、かなり余裕を持って通過。
20キロ通過タイムは1:20:04
この時に、このままゴールまでこのペースを維持すれば、サブ50狙えるなぁ、、という気持ちが出始める。
昨年の20キロ通過地点での感覚は、「口を閉じて走れるレベル」という表現でブログに記していたが、今年の20キロ地点で言うと「さすがに昨年までの余裕はないなぁ」というのが正直なところ。
ただ、それでもかなり抑え余裕十分で20キロを走れた感覚はあった。
そんな感じでサブ50を意識し始めた矢先の迎21キロ通過後に、身体にごくごく僅かな異変を感じた。
足が前に出ない感覚。
そう、一ヶ月前の30キロレース経験した、20キロ後からのペースダウンしたのと同じ感覚。
これを無視して走れば、足の出ない感覚は何十倍何百倍に膨れ上がるのは絶対に間違いなし。
そもそも、サブ50など狙うことには疑問をもっていたわけなので、ここで躊躇なくキロ5秒のペースダウンをする。
それまで一緒だった集団に別れを告げた。
4分5秒から10秒でペースを刻むも、後ろから次々と集団の足音が聞こえては、そのまま僕を追い抜いていく。
そしてペースダウン以降ゴールまで、怪我やミスで極端にペースダウンするランナー数人を抜いたが、それ以外は抜かれた記憶しかない。
何グループに抜かれたかも多すぎてわからないが、とにかく抜かれまくった。
前半を僕以上に抑えていた、実力者ばかりのランナー。今回一番この辺か勉強になった部分。
とはいえ、僕にも余裕はあり自分のペースを刻んでいく。
ペース的な目安として、37キロ地点から4分を切るペースで押していける余裕を残す感じを保つようにした。
多くのランナーには抜かれてるが、最後で追いつくから待ってろよと思いつつ、、
30キロ通過。2:01:19
一ヶ月前に出た30キロのレースとほぼ同タイム。
足にはだいぶ来てるが、余裕は残しているつもり。
あの時は30キロを全て出し切って出たタイムも、今回のように調整と疲れをとって参加するフルマラソンではやはり走力は上がっているものだ、、
このペースであと7キロ抑え気味に走り、残り5キロでペースアップのイメージを頭に描く。
この辺で「飲み会までかマラソンです」というシャツの方数人に抜かれる。
ほんと思うがマラソンを、走っていて楽しい感覚は皆無。飲み会ての打ち上げかゴールというのはほんと良くわかるわぁ、、
35キロ通過。昨年はここで大幅にペースダウンしたが、今年はそれは無く、冷静に残りの距離を考えて走る。
とはいえこの時点で37キロからのペースアップは不可能だろうなぁ、と思うほどに身体は動かなくなって来た。
35キロからが本当のマラソンとは、ほんとよく言ったものだと思う。
これまでの練習では体感しない身体のダメージ。走力的に僕に足りない部分。
やはり37キロ以降、アクセル開け、プッシュし続けて走ったが、ペースアップはやはり無理でした。
イーブンをキープしている40キロ過ぎからもラストスパートのランナーに抜かれる。
僕にこれができる走力は全く無し、対抗する気にもならない。
二人の女子にも抜かれる。、よくもまぁ、あんなパワーがあるものだわ、、
そして、ゴール。
タイムは2:52:51
昨年より6分20秒ほと記録を更新
ペースもキロで10秒ほど早いペースで走れたのは我ながら上出来。
そしてほぼ予想していたタイムでもあった。
また終始冷静で走れたこと、そして昨年は歩行困難になるほどのダメージを負ったが今年はほぼそれはなかったことは、中断もあったが1年間を習慣的に走り続けた成果だろう。
「マラソンは2時間50分位から面白くなる」
とは、40過ぎから走り始め、現在は50歳で2時間30分台で走る知人のベテランランナーの言葉。
それが本当かは分からないが、次の目標は2時間50分切りとマラソンキロ3分台、というものになる。本当に面白くなるのか楽しみなところ。
ただし、これまでの練習内容て達成出来るものなのかは検証が必要だなぁ。
マラソン後は千駄ヶ谷に戻り、そこで最高なビールで友人と乾杯。
目標達成しようと無かろうと、マラソン後のビールは美味しいものです、ほんと、、
次は1月29日の勝田マラソン。アップダウンもあり記録更新は難しいコース。
去年はつくば後10日ほどのジョグで痛めた右膝の完治に三ヶ月かかったが、今年はケアも含め怪我なく挑みたいですね。